ファースト・インプレッション

 どん、と音の塊がぶつかってきたような気がした。もちろん錯覚だ。それぐらいはわかっている。それでも、気圧されたとしか言えなかった。
 初めの一音に合わせ強く踏み込まれた足はすぐに床を蹴って、まるで重力を感じさせないようなステップに続く。今日の課題曲はかなりテンポが速い。ひとつひとつの動作が流されないように、丁寧に、と意識をしていたのはきっと同じはずだ。それでも、目の前で踊るひとと頭の中の自分とを比べて見れば、その実力の違いは一目瞭然だった。
 軽やかな足元が刻むリズムは速く正確で、なのに伸ばした腕や指先にはゆったりとした余裕さえ感じる。きっと表情によるところも大きい。脇腹からなぞり下ろす指先に合わせ、彼は目線を流す。
 激しさの中の、一瞬の静寂。次の瞬間、顔を上げた彼と鏡越しに目があった。
 うすく開いていた唇が結ばれ、綺麗な弧を描いて釣り上がる。藤色の瞳は射抜くようにこちらを見つめたままだ。たじろぐジュンに向かって、確かに彼は笑いかけた。
 講師が手を叩き、唐突に音楽は止まった。振りを入れたところまでが終わったのだ。我に返ったような気持ちで、ジュンはざわつく周りを見た。一応は選抜のダンスレッスンのクラスであるから、学年を問わず、ここにはそこそこは踊れる生徒が集められているはずだ。それでも、自分と同じように、ほとんどの生徒が彼の実力に驚いたようだった。
 褒める講師に向かって、いいえ、と当然のような顔で彼はうなずいた。汗で濡れた髪を手で梳いて、後ろに撫でつける。ゆるくウェーブした金髪が頬に流れた。さっきまでが嘘のように、もうちらりともこちらへ視線を向ける様子はない。講師が付け足したいくつかの解説も、ジュンの耳にはほとんど入ってこなかった。
「あの先輩、名前、なんて言ってましたかねぇ」
 聞き流していたはずのそれが、どうしても気になって我慢できなかった。普段はほとんど私語をしないジュンから話しかけられたことが意外だったのだろう。隣の生徒は瞬きをして、考えるように視線を巡らせた。
「えーと、確か、夢ノ咲からの転入だって」
「転入?」
 こんな時期に、転入なんてあり得るものだろうか。しかも夢ノ咲学院から。
「そう。だから、最初っから特待生扱いなんだろ」
「へえ」
「名前なんだっけ。そう、確か」
 巴日和。
 そうして告げられたひとつの名前を、ジュンは頭の中で反芻した。三秒間の強烈な印象とともに、しばらくは忘れられそうになかった。

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