体温

 足元に子犬をまとわりつかせたまま、ジュンは今までに見たこともないような弱り切った顔をしていた。それがあまりに面白かったから、どうしたの、と訊く前に日和はつい笑いだしてしまった。
「おひいさん、笑いごとじゃねぇっすよぉ」
「ジュンくん、動物に好かれるタイプだったんだね!」
「知りませんよ。追い払っても追い払っても逃げねぇし。相手が犬だとさすがに無下にもできませんしで、仕方なく連れて帰ってきちゃいましたけどねぇ」
「よしよし、きみ、どこから来たの?」
 よく見ると、まだコロコロとしていなければいけない時期だろうに、子犬は痩せっぽちで毛艶も悪い。しっぽだけが勢いよくびゅんびゅんと振られている。日和が抱き上げようとすると、きゃん、と吠えた。ジュンが慌てて玄関の扉を閉める。
「こら、静かに」
「本当にまだ小さいね。野良犬かね?」
「でしょうねぇ。汚ねえし」
 持ち上げた子犬はやはりずいぶんと軽い。
「意外ですね。犬なんて、って怒るかと」
「ぼくは動物はなんでも好きだね! 犬は実家にもいるしね。この子犬、だいぶ弱ってるんじゃない? 病気はないみたいだけど」
 薄汚れてはいるが、目や鼻はきれいだ。親犬からはぐれてしまったのかもしれない。
「追い出すわけにもいかないね」
「本気っすかぁ」
 ジュンは呆れたように声を上げた。
「拾ったのはぼくでも、ジュンくんが連れてきたんだからね? でもこれ、ばれたらすごく怒られるね、きっと」
 ふたりでしばし顔を見合わせる。
「……とりあえず、隠しておこうね」
「そうっすねぇ」
 うんうんとうなずきあった。子犬は日和の腕の中におとなしくおさまる。触れているところからとくとくと速い脈が伝わって、生きている、と思った。

***

 子犬は順調に成長している。がりがりに近かった体が丸くなるにつれて、ぱさついていた毛は見違えるほどにつやつやと整い始めた。想像以上に、日和がかいがいしく世話をしているからだ。お気に入りのソファーに上がることも自分の腹の上に乗ることも許し、暇があればくっつきあっている。
 今も、ジュンがキッチンの片付けをしている間に、ひとりと一匹はリビングですっかりくつろいでいた。日和の右脇のところに鼻先を埋め、メアリは眠っているようだった。くすぐったい、と日和が声を上げていたのはこのせいかもしれない。ソファーの肘掛けに頭を乗せ、日和も眠っているようだった。
 一緒に暮らし始めてから、日和が家の中でもきちんとしているタイプなのを知った。外から帰宅すれば部屋着に着替え、入浴後はパジャマ、自室と共有スペースの使い分けも、日和の中でははっきりと決まっていた。
 メアリがやってきてからだ。こんなふうに、日和がソファーに寝そべるようになったのは。着ている部屋着はメアリが気に入って噛んだせいで、裾が少しよれている。
 以前なら見ることがなかった姿に、まだ少し落ち着かない。そっと近づいて、日和の顔を眺めた。呼吸は深く規則的で、すっかり眠り込んでしまっているようだ。
 しばらくその様子を見つめてから、ブランケットを取りに、ジュンはまたそうっとソファーから離れた。

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