前夜

 ※ジュンくん秀越進学if

 茨からこっそりと預かった紙袋は大きい。帰宅後すぐに覗いた中身は、色とりどりのバルーンやそれを膨らませるポンプ、ペーパーフラワー、『HAPPY BIRTHDAY』の文字をかたどったもの(ガーランドというらしい。ジュンは初めて知った)など様々だ。
「これ、オレひとりでやるんですかぁ?」
「必要でしたら自分も手伝いますけど、今日は終わるの遅いんですよね。ジュン、午後早めの上がりでしょう? 待ってます?」
 日和の目を盗んでこそこそしたやりとりが思い出される。だいたいどうして寮、しかも自分の部屋なんだ、と聞いたら、殿下がご所望なので、と肩をすくめられた。
「まあ手間が少なくて良いんじゃないですか? 一応プライベートですから、どこか外で集まるっていうのも色々と面倒ですし。なにせ目立ちますからね、あの方たちは」
「それは、まあ」
「あと、たぶん、見ておきたいんでしょうね」
 何を、と目で尋ねると、そんなこともわからないのか、といった様子で茨はため息をついた。
「なにって、秀越でのジュンの様子ですよ。当たり前でしょう」
「は?」
「あなた、まあ自分もですけど、春に引っ越してすぐに遊びに来たいって言われたのをのらくらごまかしてたじゃないですか。あれがきっとご不満だったんでしょうね!」
 だからさっさと見せておいたほうがいいですよ。茨はにやと笑って言った。

 こうして眺めていてもしかたがないので、袋から次々に中身を取り出して床に並べる。飾り付けのセンスなどはまったくないので、最近のカメラロールを開いた。
 一週間ほど前から現場で始まった日和の誕生日祝いはどこも盛大だった。あのひとはほぼ連日どこかで名前の入ったデコレーションケーキのろうそくを吹き消し、写真を撮り、笑顔でそれを食べ、時には飾りつけにも喜んでSNSに写真をアップした。去年に続いてとはいえ、アイドルとはこんなにも誕生日を祝われる機会があるのかと驚く。ジュンも日和と並んで写真を撮ったり、日和に付き合ってケーキを頬張ったりと、なるべくサービス精神を発揮してきた。
 それらの写真を参考にしながら、ジュンはガーランドを壁に貼り、ペーパーフラワーを丸くひろげ、いくつものバルーンを膨らませた。なるべくバランスが良く見えるように気をつけながら壁を飾りつける間、ジュンは、ずっと日和のことを考えていた。
 日和との夏で思い出すのは、当然のように去年のライブのことだ。ひとつめの夏が終わり、秋が来て、冬のSSがあって、次の春に日和は卒業した。そしてまた夏になって、あのひとの誕生日を祝うために、こうして慣れない準備までしている。
 それから、お祝いをしようと言い出した凪砂のことを考えて、口ではかわいくないことを言いながらもあれこれと熱心に手配をした茨のことも考えた。
 時間はかかったけれど、部屋はなんとかパーティーらしい雰囲気に仕上がった。ジュンは少し離れてそれを眺める。
「おお、いい感じじゃないっすかぁ」
 つい独り言がもれた。遅くなるとは言っていたけれど、今夜のうちに茨に見せようか。それとも明日にしようかと迷う。きっと茨のことだから、明日のケーキや料理の手配も抜かりないはずだ。ほかのふたりがプレゼントに何を用意しているのかは訊かなかったから、被らないといいなと思う。
 ジュンはもう一度壁に近寄った。HAPPY BIRTHDAYの文字を、ゆっくりと指で撫でる。
 もうあと数時間で、日和の誕生日だ。

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